建物内の犬の咬傷事故が原因で賃借人が退去した場合、賃貸人は飼主に責任追及できるか?(前編)

はじめに

今回は、高級賃貸マンションにおいて、マンション内で入居者が飼育していたドーベルマンが、他の入居者に咬みつき、これが原因で、ドーベルマンに咬みつかれた被害者側の入居者がマンションから退去した場合に、マンションの賃貸人がドーベルマンの飼い主に対して損害賠償請求をした事案をご紹介します。

この裁判例は、ドーベルマンの飼い主である被告夫婦が著名人であったこともあり、判決時にマスメディアなどでも取り上げられていますが、賃貸住宅のペットトラブルにおける、飼主の賃貸人に対する法的責任や、不法行為責任における損害の捉え方を考える意味でも、非常に参考になる裁判例です。

結果として、第2審判決において、被告夫婦に対して計1725万円の支払いが命じられており、判決が確定しています。

本コラムでは、判決において本件の事実関係が詳細に認定されていることや、1審判決と2審判決で認定した賠償額に大きく差があるため、両判決を比較するという観点から、前・中・後編の全3回に分けてご紹介することとし、前編の今回は、事案の概要、及び、原告の請求内容についてご紹介します

次回の中編では第1審判決の内容を、次々回の後編では第2審判決の内容をご紹介する予定です)。

事案の概要

原告と甲田社との間の賃貸借契約について

  1. 原告は、東京都渋谷区所在の高級マンション(以下、「本件マンション」といいます。)の02号室(以下、「02号室」といいます。)を、所有者から委託を受けて賃貸・管理する会社でした。
  2. 原告は、02号室について、平成16年9月20日、株式会社甲田(以下、「甲田社」といいます。)との間で、(1)賃料月額170万円、(2)賃貸期間を同年10月1日から3年間、(3)目的を甲田社の代表取締役である乙野春夫、及びその家族の住居として、定期賃貸借契約を締結しました。
  3. その後、平成19年9月27日に、原告は、甲田社との間で、賃料を月額175万円に改定した上で、期間を同年10月1日から3年間とする再契約を締結し、更に、平成22年9月29日、同条件にて再々契約を締結しました(以下、「本件賃貸借契約」といいます。)。
    02号室には、乙野春夫と、その妻である乙野夏子(以下、「夏子」といいます。)と子供が居住していました。
  4. 本件賃貸借契約には、「賃借人は、賃貸期間中であっても、2ヶ月の予告をもって解約の申し入れを行い、若しくは、この予告に代えて2か月分の賃料相当額(以下、「解約違約金」といいます。)を支払って即時に契約を解約できることができる」と定められていました。

被告夫婦について

  1. 被告太郎と、被告松子は夫婦であり、本件の咬傷事故の当時、娘とともに本件マンションの04号室(以下、「04号室」といいます。)に入居していました。
  2. 被告太郎は、04号室の賃貸借契約については、自身が代表を務める被告会社の名義で契約を締結し、被告会社は、被告ら夫婦に04号室を使用させていました。
  3. 被告夫婦は、04号室でドーベルマン(以下、「本件犬」といいます。)を飼育していました。

本件マンションンの特性等

  1. 本件マンションは、渋谷区に所在する高級マンションであり、全3階の居住フロアに2階建の区分所有建物7区画が配置され、各区画の専有面積が200㎡を超える超高級マンションでした。
    多くの区画は、各所有者が、管理会社を通じて賃借人に賃貸しており、入居者の多くは著名人でした。
  2. 02号室の入居者である乙野春夫は著名なデザイナーであり、また、04号室の入居者である被告太郎、及び被告松子は、いずれも著名な俳優(女優)でした。
  3. 本件マンションの建物使用細則では、専有部分及び専有使用部分の禁止行為として、「動物を飼育すること。但し、居室のみで飼育できる小動物は除く。なお、飼育の際には犬一匹、3万円、猫一匹、2万円の管理費を支払うものとする。」との定めがありました。

本件事故について

  1. 平成23年5月21日午後5時半ごろ、乙野春夫の妻である夏子は、子供(当時4歳)とともに、自宅である02号室を出て、エントランスホールに向かって共用通路を歩いていました。
  2. また、同時刻ごろ、被告ら夫婦の子供(当時6歳)は、本件犬を散歩させるために、本件犬を04号室から共有部分に連れ出しました。
  3. 本件犬は、被告ら夫婦の子供を引っ張るようして共用部分を駆け上がり、手綱を振りほどくような形で、夏子とその子供に襲いかかり、夏子の右大腿部に咬みつきました(以下、「本件事故」といいます。)。
  4. この事故により、夏子は、同日から同月31日まで計11日間に計5回通院し、右大腿表皮剥離の診断を受け、洗浄、抗菌薬点滴等の処置を受けました。

本件賃貸借契約の合意解除

  1. 本件事故後、夏子は、本件犬に襲われた現場を通るたびに本件事故を思い出して気分が悪くなるようになり、また、子供も現場を通るたびにおびえるなど、本件マンションに居住することが困難な状況になりました。
  2. そのため、02号室の賃借人である甲田社(夏子の夫である乙野春夫が代表を務める会社)は、原告に対して、本件賃貸借契約の解約の申し入れをし、また、本件事故に鑑みて、解約違約金(2か月分の賃料相当額=350万円)の支払い条項を適用しないことを求める旨の通知書を送付しました。
  3. 原告は、本件事故の状況等に照らして、解約違約金を請求するのは適切でないと判断し、同年6月12日、甲田社との間の本件賃貸借契約を合意解除し、また、解約違約金の支払いを免除する旨の合意を締結しました。これにより、乙野春夫らは、同年6月30日までに02号室を退去しました。

その後の状況

  1. 平成23年7月20日、夏子と被告太郎との間で、本件事故についての示談が成立しました。
  2. 原告は、本件賃貸借契約の合意解除後、02号室の入居者の募集を継続しましたが、平成24年12月までの間、空室の状態が続きました

原告による訴訟提起

原告は、本件賃貸借契約の合意解除によって、(1)本件賃貸借契約の残存期間(27カ月)分の賃料相当額4725万円、(2)02号室の維持管理のための光熱費20万4687円、及び、(3)弁護士費用474万5468円、合計5220万0155円の損害を被ったと主張して、被告ら夫婦に対しては民法718条及び民法709条に基づき、また、被告会社に対しては民法709条に基づき、損害賠償の支払いを求めて、訴訟を提起しました。

民法718条について

原告が請求の法的根拠とした民法718条は、動物の占有者に対する責任を定めた条文であり、以下のとおり、動物が他人に損害を生じさせた場合、動物の占有者(第1項)、及び、占有者に代わって動物が管理する者(第2項)が、損害を賠償する責任を負うということを規定しています。

民法第718条
第1項 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
第2項 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。

まとめ

上記のように、本件で、原告は、被告ら夫婦に対して、賃借人が退去したことにより得られなくなった賃料相当額の損害賠償を請求しました。
この請求に対して、第1審裁判所は385万円の限度で請求を認容し、第2審裁判所は1725万円の限度で請求を認容しました。

なぜ、1審裁判所と2審裁判所とでは、請求金額にこれだけの差が生じたのでしょうか?

その違いを検討するために、まずは次回、第1審判決をご紹介したいと思います。

 

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(弁護士 利根川竜一)
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