建物内の犬の咬傷事故が原因で賃借人が退去した場合、賃貸人は飼主に責任追及できるか?(後編)

はじめに

前々回前回に引き続き、高級賃貸マンションにおいて、マンション内で入居者が飼育していたドーベルマンが、他の入居者に咬みつき、これが原因で入居者(ドーベルマンに咬みつかれた被害者)がマンションから退去した場合に、マンションの賃貸人がドーベルマンの飼い主に対して損害賠償請求をした裁判例(東京地方裁判所平成25年5月14日判決、東京高等裁判所平成25年10月10日判決)をご紹介します。

最終回である今回は、この裁判例の第2審判決の内容をご紹介します(本事例は上告はなされず、第2審の判決で確定しています。)。
前回ご紹介した第1審判決は、原告の請求を金385万円の限度で一部認容しましたが、第2審裁判所は損害賠償額を大幅に増額し、1725万円の限度で請求を認容しております。

なぜ、第2審判決は、第1審判決から大幅な増額を行い、請求を認容したのでしょうか?
第1審と第2審の判決の違いは、本件マンションの建物使用細則における、動物の飼育の禁止規定の解釈の違いにあります。

第2審判決(東京高等裁判所平成25年10月10日判決)の内容

動物飼育の禁止規定の目的

第2審裁判所は、本件マンションの建物使用細則における、「動物を飼育すること。但し、居室のみで飼育できる小動物は除く。なお、飼育の際には犬一匹、三万円、猫一匹2万円の管理費を支払うものとする。」との規定を指摘し、「本件マンションの建物使用細則は、居室のみで飼育できる小動物を除き、動物を飼育することを禁止していることが認められる。」と述べました。

その上で、上記禁止規定の趣旨・目的について、「この禁止規定の目的は、本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全を確保し、快適な居住環境を保持するという本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の共同の利益を守ることにあり、合理性が認められる。」と述べました。

禁止規定に違反した者の法的責任について

そして、第2審裁判所は、上記の禁止規定の目的を前提に、「この禁止規定に違反した結果この共同の利益が損なわれることは、本件マンションに居住する価値が低下することにつながるから、専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益も損なうことになると解するのが相当である。特に本件マンションは、7戸という特定少数の入居者が外部から隔離された環境で生活する高級マンションであり、快適な居住環境が通常の居宅以上に重視されているのであって、このことが月額賃料の額にも反映されていると見るのが相当である。」「したがって、本件マンションの居住者は、この禁止規定に違反してはならず、これに違反して動物を飼育する場合には、本件マンションの居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全等を損なうことがないように万全の注意を払う必要があり、飼育する動物が専有部分や共用部分の一部を毀損するなど、財産的価値を損なう行為をして専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益を侵害したときは、民法718条1項による損害賠償責任を負うほか、上記注意義務に違反したと認められるときは、同法709条による損害賠償責任も免れず、いずれにしても専有部分の区分所有者その他の権利者が財産上の利益に関して受けた損害を賠償する責任があるというべきである。」と述べ、入居者等が、建物使用細則における禁止規定に違反して、専有部分の区分所有者その他の権利者等の第三者に損害を与えた場合、第三者に対する不法行為が成立すると判断しました。

動物の飼育者と、被害者の賃貸人との関係

更に、第2審裁判所は、上記の禁止規定の違反者の責任論を推し進め、本件に即して、禁止規定に違反した動物の飼育者(被告ら夫婦)と、被害者の賃貸人(原告)との関係にも言及しました。

すなわち、「動物の飼育者が上記注意義務に違反したために飼育する動物が本件マンションの共用部分において居住者に対して咬傷事故等を惹起し、被害者が恐怖心等により心理的に本件マンションの居室に居住することが困難になって賃貸借契約を解約して退去したときは、本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全を確保し、快適な居住環境を保持するという共同の利益が侵害されたといわざるを得ず、これによって発生する損害について不法行為による損害賠償責任を免れないところ、これを被害者に居室を賃貸していた賃貸人についていうならば、賃貸借契約解約に伴い次の賃貸借契約が締結されるまでの間通常生じ得る空白期間だけでなく、その影響が更に及び、次の賃貸借契約が締結されるまで相当の期間を要することとなり得ることを否定することはできないから、飼育する動物が専有部分や共用部分の一部を毀損するなど、財産的価値を損なう行為をして専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益を侵害したときと同様に、相当因果関係が認められる範囲で損害を賠償する責任があるというべきである。」と述べて、被害者の賃貸人に損害が生じた場合、他の区分所有者等に対する場合と同様に、賃貸人に対する不法行為が成立すると判断しました。

また、第1審判決でも触れられていた、飼主の行為により生じた賃貸人の損害が直接損害であるか、間接損害であるかという点については、「本件マンションの居住者が上記禁止規定に違反して動物を飼育し、飼育する動物が本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全を確保し、快適な居住環境を保持するという本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の共同の利益を侵害する行為をして専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益を侵害し、民法718及び709条により損害賠償責任を負うべきときは、上記共同利益が侵害されて財産上の利益を侵害された者は不法行為の直接の被害者に当たるものと解するのが相当であり、動物にかまれた被害者の間接被害者に当たるものと解するのは相当ではない。」として、賃貸人の損害が直接的な損害であると判断しました。

本件における禁止規定違反の該当性

また、第2審裁判所は、被告ら夫婦による禁止規程違反については、「一審被告太郎及び一審被告松子は、〇四号室において本件犬を飼育しており、本件マンションの建物使用細則の禁止規定に違反していたものといわざるを得ない。」と認定しました。

この点については、被告ら夫婦は、「建物使用細則が、上記の禁止規定に続いて犬の飼育に伴う一定額の管理費の支払を定めている(注:「飼育の際には犬一匹、三万円、猫一匹2万円の管理費を支払うものとする。」との定め)ことから、同細則上も犬についてはその種類や大きさを問わずに飼育が認められていた」と主張していました。
しかし、第2審裁判所は、「同細則が、原則として動物を飼育することを禁止し、例外として居室のみで飼育できる小動物については飼育することができるとし、小動物を飼育する場合に上記の管理費に関する規定で管理費の支払を義務付けるものであり、あくまでも居室内のみで飼育が可能な小型犬を前提とするものであることはその文言から明らかであって、大型犬で屋外での散歩を日常的に必要とするドーベルマン(本件犬)がこれに当たらないことは明らかであるから、上記主張は採用することができない。」と述べて、被告ら夫婦の主張を退けました。

原告に生じた損害について

第2審裁判所は、被告ら夫婦が不法行為責任を負うことを前提に、原告に生じた損害額については、「本件賃貸借契約の解約は、賃借人の都合によるものではなく、本件事故のために被害者が本件マンションに居住し続けることが困難な精神状態に陥ったためであり、その結果、本件賃貸借契約を継続させることができなくなったためであって、一審原告にとっては、一審被告太郎及び一審被告松子の不法行為により本件賃貸借契約の終了を余儀なくされたということができる。このような場合にまで本件賃貸借契約が前提としていた賃借人の自己都合による解約と同視することは相当ではなく、本件事故により通常生ずべき賃料相当額の損害が生じたものと解することが公平の理念にかなうというべきである。」と述べ、本件事故により原告(賃貸人)が逸失した、通常生ずべき賃料相当額が損害となると判断しました。

そして、具体的な損害の算定については、「まず、本件賃貸借契約が定める二か月分の賃料額に相当する解約違約金に係る損害の発生は肯定すべきである。」「次に、一審原告が受けた上記以外の損害を算定するに当たっては、区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全が確保されているはずの本件マンションにおいて、本件犬による咬傷事故が発生したという事態を軽視することはできず、このことは、その後本件犬の飼育が中止されたことのみで直ちに解消されるものではなく、本件事故の特質、態様、被害者の受けた被害の程度、本件マンションの特質等を考慮すると、上記の予告期間程度で新たな賃貸借契約を締結することが可能になるということは通常困難であり、更に相当期間の経過が必要であると考えられる。また、本件賃貸借契約の合意解約後に到来する、一般的に新たな賃貸借契約締結が比較的見込まれる時期までの期間も考慮するのが相当である。」と述べて、「上の諸要素を総合考慮すると、〇二号室が空き家となった平成23年6月1日から平成24年3月末日までの9か月分の賃料相当額をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であり、これによれば、一審原告が本件事故によって受けた賃料相当額の損害は、1575万円となる。また、弁護士費用相当額については150万円の限度で相当因果関係のある損害と認める。」として、9カ月分の賃料1575万円、及び弁護士費用150万円、合計1725万円を損害として認定しました。

第1審判決と第2審判決の違い

以上の理由で、第2審裁判所は被告ら夫婦の責任を認め、第1審判決から大幅な損額を行いました。
第1審判決と第2審判決で、損害額の認定に大きな差が生じた原因は、第2審判決は、出発点において、被告ら夫婦が本件マンションでドーベルマンを飼育したことが、本件マンションの建物使用細則に違反していると認定した点にあります。

すなわち、前回ご紹介した通り、第1審判決は、被告ら夫婦が本件マンションでドーベルマンを飼育し、また、事故当日、6歳の子供のみでドーベルマンを連れ出したことについては、被害者の身体に対する危険はあるとしながらも、賃貸人である原告の賃料債権を喪失させる、直接的な危険がある行為ではないと判断し、直接的損害構成ではなく、間接損害構成で損害を認定しました。

一方で、第2審判決は、上記のとおり、そもそも、被告ら夫婦が本件マンションでドーベルマンを飼育する行為は、建物使用細則の禁止規定に違反する行為であり、こうした行為は、「専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益も損なう」危険がある行為であると認定し、賃貸人に対する直接的な侵害行為であるとして、直接損害構成で損害を認定しました。

このように、本件裁判例では、第1審と第2審において、「被告ら夫婦が本件マンションでドーベルマンを飼育したこと」という事実に関する法的な評価が異なったことから、結果的に損害額の認定にも差が生じることとなりました。

まとめ

以上のとおり、本件では、本件マンションの建物使用細則の解釈、及び、被告ら夫婦の行為の禁止規定違反の該当性の認定が、損害額の認定に差を生じさせました。

本件の事案は特殊事情が多いこともあり、一般化することは難しい事案ではありますが、建物賃貸借において、入居者が使用規則等に違反する行為を行い、これより他の賃借人が退去した場合に、賃貸人が、違反入居者に対して、逸失賃料等を請求する可能性が示唆されたという意味において、参考になるものと思われます。

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(弁護士 利根川竜一)

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